春の緑萌える山、その向こう夕陽燃える山、はるかかなた雪の白凍てる山。 まるで絵葉書か、何かの冗談のような。 まだ春浅いニセコ。函館からの移動途中のことだ。 手前の山々のその見事な色彩の競演に、やがて姿を現す羊蹄山の雄大さに、琥珀は息を飲むこともせずただ、ただうっとりと見惚れている。 「ほんの……あと少しだけなんだね。冬と春が一緒にいる」 そう、足元に咲いた蕗のとうにそっと指を触れ、それなのにまだ雪がある、と笑う。 木陰にはまだ凝り固まった雪の山。 あの雪が消えるのはいつのことなのだろう。 春の遅い土地。 いや、春を待ちわび、陽のぬくもり水のぬくみと共に一斉に春の訪れる、土地。 我々都会に住む人間が忘れてしまった季節の訪れがここにはある。 木立の中に目を向ければそこには山菜を摘む人の影。最後の蕗のとうだろうか。 俯き、腰を屈めそうして菜を摘む姿にさえ春の喜びを感じることが出来る。 「子供の頃さ、蓬とか摘んだね。草団子、懐かしいな」 子供のころと言い懐かしいと言う。 思わず私の口元に笑みが浮かんだことだろう。 琥珀は今だって我が家の庭に生える蓬を摘んでは草もちを作っている。 あちらこちらと忙しい歌人のはずが 「趣味だから」 の一言で四季折々の味を楽しませてくれる。 春の草もち、夏の水羊羹。 秋は果物をかじり、冬は鍋をつつく。 そうして幾分邪道ではあるが、酒を飲むのだ。 こうして旅先にあるときにはその土地それぞれの味を楽しみ、やはり土地の酒を楽しむ。 以前訪れた余市のニッカウヰスキー、あれはよかった。 他のウイスキーを飲みなれた舌にはまるで同じ酒とは思えないほど異なる味わいがある。好みかもしれないが私はあの苔むした香りのするニッカのウイスキーが非常に印象深い。 旭川の男山酒造。あれも忘れてはいけない。北海道で数少ない日本酒の蔵元だ。 「米の悪い所にいい酒は育たない」 とは言うがここは例外としていいと思う。 冷えた体に美味い魚、こうなるとどうしてもきりっとした酒が欲しくなる。 そんな酒だ。 ふかし芋にバターで飲んでも美味いが。 「夜はホタテが食えるかな」 今日は洞爺湖に泊まる予定だ。 洞爺湖で出す土地のものといえば噴火湾のもの。噴火湾といえばほたて。 刺身でよし、焼いてよし。 私の好みで言えばさっと茹でてわさび醤油が一番だが。 これもまた酒が進んで仕方ない。 「篠原さん、口元緩んでる」 思わず手で隠せば笑われた。 それほど卑しい顔つきだったろうか。 「あんまり飲み過ぎないようにね」 再びそう笑われた。 普段から手間をかけている分、おとなしく肯いておくことにしよう。 程ほどのところで止められる自信はないが。 たぶん旅先のこと、多少羽目をはずしたって大目に見てくれるさ。 昭和四十三年五月十六日 篠原忍 記す |