ふぅわり、雪が落ちている。 クリスマスの午後に雪が落ちている。 「めずらしい……」 真人は小さく口元に笑いを浮かべた。 「今年はホワイトクリスマスだね」 しぃんと人気のない家の中で独りでクリスマスの準備をする、そんなことがなにか楽しい。 帰ってきたら驚くかな、そんな。 夏樹は出かけた。 先日春真と過ごすクリスマスは後もう何度もないかもね、そう言ったのが妙に気にかかっているらしい。 落ちつかなげに彼は出かけてしまった。 春真もまだ帰らない。 もう少ししたら通信簿を片手に帰ってくることだろう。 弾む白い、息。 笑いさざめく、声。 真人の耳にはまだ帰らない愛し子の声が聞こえるようだった。 愛し子。 確かに春真は彼らにとって、愛しいわが子に違いなかった。 妙な感情かもしれない。 同性への恋の挙句その上ふたりの子供であるなどと。 けれど真人は思う。 あの時夏樹に恋したのをまったく自然に受け止めたのと同じくらい、春真は自分らの子だ、と。 そろそろ春真も年頃になる。 だからもう親元に返した方がいい、真人はそうも思っている。 自分たちの恋を決して卑下するわけではないけれど、生殖、ということに関して不自然なのは承知しているつもりだ。 だから。 だからそう言ったことに興味を持つ年頃になる前に親元に返した方がいい。 自分たちのあり方こそが普通、大多数なのだ、そう春真が思ってしまっては彼は世間に適応できなくなる、それが真人は怖い。 愛し子であるがゆえに手元から離さねばならない。 哀しい。 いや、そんな生半可な言葉ではないだろう、実際離れてしまったら。 「よそう」 落ち込み加減の思考から強いて頭を切り離し、そろそろ料理に取り掛かろう。 「ケーキは夏樹が買ってくるって言ってたし、ね」 そう呟きこわばった頬にひとつ、笑いを浮かべた。 すらりとした対の着物姿が傘を差し、それでも降りかかる雪を少しばかり顔をしかめて払っている。 ぱたぱたぱた。 軽い足音。 「伯父さんっ」 白く弾んだ息はまっすぐ家に帰らず、夏樹と合流する事になっていたらしい。 「ごめんなさい、友達に引き止められちゃって」 出不精の伯父をこの寒い中に待たせてしまって、そんなためらいがありありと見える。 余人ならざる可愛い春真の事、夏樹は怒るわけもない。 ほんの少し口元に微苦笑を浮かべただけだった。 「降り始めちゃったね」 「雪は嫌いだったか」 「ううん、伯父さん、嫌だろうなって」 そう、春真はころころ笑う。 そんな事ないさ、と肩をすくめはしたもののすっかり見通されているのがなにか、楽しい。 それだけ大人になったと言う事なのかもしれない、ふとそんな事を思った。 「ケーキ、なにがいいんだ?」 「……うん」 一瞬、答えに詰まったのを夏樹は見逃さない。 まだ自分よりもはるかに小柄な春真の目をそっとのぞきこんで少しだけ、目に笑いを浮かべる。 話してごらん。深い蒼が揺らめく。 心を決めた目が蒼く煌く。 「ねぇ、真人さんのこと好きなの?」 ねぇ真人さんのこと好きなの? 夏樹の頭の中で言葉が反響する。 「好きだって言ったら、変か」 我ながら声が震え加減だ、夏樹は少し、嗤う。 「なんで? ぜんぜん」 自分の言葉が起こした刺激に始めて気づいたのか春真はぴょこり、飛び上がる。 「だってさ、友達にあんな事……」 言いかけ、はっと口元に手をやった。 「……見たな」 「ごめんなさい……」 突然しゅんとしてしまった春真を見る彼の目は怒ってなどいやしなかった。 それどころか笑みさえ浮かんで。 「なに、見た?」 まさか子供の教育上よろしくない事など見られてはいないだろうが、いつまでたっても新婚気分の抜けない自分らの事、その時は夢中で気づかなかった、ということだってありえない事ではない。 「あー、と。その……」 「怒らないから、言ってみろよ」 あまり言い渋られると余計、心臓によろしくない。 「……キス、して、た」 白い雪に目を落とし、真っ赤に頬を染める。多感な少年には「キス」という単語がそれだけの事を引き起こす。 「真人さん、すごい……綺麗だったんだ。だからすぐ動けなくて……」 今もその時の景色が目に浮かぶ。 広縁のいつもの位置に伯父がいて、まだ自分は帰ってこないと思っている真人さんがその横に寄り添っていた。 そっと重なる唇。 閉ざされた、目。震えるように浮かんだ口元の微笑。軽くすがりついた指。 なんて幸せそうな顔なんだろう。 そう思ったとき、自分ではあんな顔はさせられない、それがなににもまして悔しかった事に気づいた。 初恋、だったのかもしれない。 「俺のだからな」 春真の頬をちらりと掠めたそんな感情を夏樹が見逃すわけもなく。 「っかってるよっ」 少年はあからさまな言葉に赤面しつつ、やっぱり敵わない、としみじみ感じていた。 「だからね、全然変じゃなかったって、言いたかったの」 夏樹は笑う。声を立てずに。答えもせず、ただ黙ったまま春真の髪をくしゃり、撫ぜた。 「真人には言うなよ」 「うん、卒倒しちゃうよ、きっと」 ふたり今度は声を立てて笑った。 深々と降る雪の中、この時から二人は親子から男同士の友人に、変わったのだった。 「で、ケーキはなにがいいんだ?」 「生チョコ!」 「生クリームの方が好きじゃなかったか?」 いやぁな予感に苛まれつつも夏樹はつい訊いてしまった。 「だって真人さんが好きじゃん」 ぺちり、一発頭をはたく代わりに 「俺のだからな」 再度言う。 無論、自分が頭も叩いていた事に、彼は気づいていない。 「わかってるってば」 子供らしくない苦笑をのぼせて春真は言う。言いながらやっぱり敵わない、と思い知らされる。 「早く行こう。寒いよ、伯父貴」 この日春真は急ぎ足で階段を駆け上ったようだった。ふたつみっつ駆け飛ばして少年は大人になっていく。 「あぁ、帰ろう」 温かい我が家へ。 突然大人びた顔をするようになった春真を見て、きっと真人は驚くだろう。 淋しがるかもしれない。 けれどきっとそれが。 なによりのクリスマスプレゼント。 |