きらり、グラスが光る。
 細長いフルートグラス。
 中に。
 真っ赤な、苺。
 軽やかな音と共にシャンパンの栓が抜かれ、とくり、グラスに注がれる。
 美しい泡が立ち上り、苺にまとい、ふわり、浮きそして沈む。
 泡の弾ける、音。
 シャンパンの。そして苺の、香り。
 淡い金の中で苺が綺羅、光った。
 ちん……。
 鈴の音。
 いや、乾杯も言わずにあわせたグラスの。
「ホントこういうこと、好きだよな」
 呆れたように彼は言う。
「あなたが好きだと思って」
 男はぬけぬけと言い、ムードに流されるの好きなくせに、そう笑った。
「嫌いじゃあないがな」
 彼は言う、憮然と。
 けれどその口元の柔らかい笑みがそれをはるかに裏切って。
「でも、やりすぎだろ」
 そう、テーブルを指した。
 そこには。
 飲み干されたばかりのシャンパングラス。
 飛び切りのシャンパンをたたえた、ボトル。
 それにクリスマスの、ケーキ。
 真紅の果実のあるべき場所にはなぜか。
 季節外れのさくらんぼ。
「あなたの好きなものばかりでしょう?」
「まぁね」
 苦笑いの彼の唇にひやり、さくらんぼが押し当てられ。
 彼の目が笑う。
 舌先でちろり、誘い白い歯がかりり、噛む。
 あふれた果汁をキスするように吸い取れば男の指が残りの果実を押し込んだ。
「チェリーを食べたら今夜はOKって、知ってた?」
 果汁に濡れた指を舐めながらにやり、男が笑う。
「そういうこと言うなよな」
 いたずら半分彼は拳を男の頬に当て。
 そうした彼の頬こそが羞恥に染まって。
「言わなきゃ知らん顔するくせに」
「それがたしなみってモンだ」
「じゃあ……」
「俺はお前のモンだ。いちいち聞くな」
 バカヤロウ。ちいさく彼は呟いてふい、目をそらした。
 つ、グラスに手を伸ばしそれが空だと気づけば男がそれを取り上げて立ち上がる。
「オレンジジュース、だろ?」
 言い当てられ、彼は敵わないとばかりに肩をすくめて見せた。
「贅沢すぎるよ」
 香りを楽しんだだけで苺は退場の憂き目に会い、こんないい酒をジュースで割ろうとしている。
「あなただから、いいんだよ」
「ワガママですいませんね」
「それを叶えるのが趣味で」
「変態」
「ちがうだろ」
「どこが」
「好きってことだな」
「バカヤロウ」
 今度ははっきり言った彼の拳が本格的に飛んでくる前に男は笑い、ジュース片手に戻って来る。
 フルートグラスにジュースを注ぐ。
 とろりとしたオレンジ。
 シャンパンを満たせばそれは。
 なんと言う、色。
 生まれたばかりの太陽の曙光。
 咲き誇る花……ミモザ。
 その花の名を与えられたカクテルが、彼の好み。
「女の子だまくらかすのに丁度いいかな」
 口当たりがいいから。
 彼は言い、ちらり隣を見る。
「財布には響くけどね」
「やった事ありそうな口ぶりだよ」
「ない、とは言わない」
「お前もてるもんな」
「困った事に、ね」
 よく言うよ、言いつつ彼はグラスを空ける。
 早いピッチは拗ねた証左で。
「誤解だよ」
 なにが、口には出さず彼は目で問う。
 それに新しくミモザを作り男は少し、苦笑い。
「なにを言っても引き下がらない時は酔いつぶして送っていく、それだけだ」
「なんだよそれ」
「いるんだよ、好きな人がいるからダメだって言っても聞いてないのが」
「そりゃそうだろうが。高校生じゃあるまいし」
「まさか我らがカイザーを、とも言えない」
 笑う男と対照に彼はぴくり、頬を引きつらせ動きを止める。
「ってウチの社員ってことじゃねぇか」
「そうとも言う」
 のどの奥で男は笑う。
「だれだよ」
「彼女らの名誉のために、という建前で言わないでおこう」
「建前?」
「意外と焼きもち焼きなあたなが不当解雇の愚を犯さないように、ね」
「やるか、バカ」
 ぷいと拗ねてみせる彼の髪を指で梳き、さらさらと零れ落ちる髪の冷たい感触を楽しみながら男は笑う。くすり、と。
 もしも女の名を言ったなら本当に解雇しかねない人だから。
 彼が自分に感じるどうしようもないほどの独占欲。
 それはまた彼を独り占めしていいのだ、という裏返しのあらわれで。
 手に入れた愛しい人の髪をもう一度梳き、また空いてしまったグラスに酒を満たした。
「飲ませすぎ」
「酔った?」
「酔わせてどうしようっていうんだよ」
 からり、彼が笑う。
 目元をほんのり染めて。
 婉然と、笑って。
 もう、酔っているのかもしれない。
「大胆になって、楽しい」
「だ……大胆って!」
 にやり、男の目が笑う。
 失言に彼が天井を、仰ぐ。
「なにを想像したんだかね」
 さも楽しげに男は顔を伏せ、肩まで震わせ、笑う。
「笑いすぎだ」
 こつり、彼の拳が頭を叩いた。
 その彼の口元に、微笑。
 目には柔らかな、蒼。
 やっぱり、酔っているのかもしれない。
「好きだよ」
「笑いながらゆーな」
 わざと大げさな身振りで拗ねてみせ、それからふいと振り返る。
 あぁ……。
 男はため息混じりに目を閉じる。
 自分がこれほどまでに愛されている、ということに。
 なんという信頼。
「……?」
 彼の呼ぶ声に目を開ければ不安そうな、顔。
 そっと頬に触れれば彼の手が男の手を上から包む。
 自分の頬に男の手を押し当てて、彼は微笑む。
 満足そうに。
 そのままきつく抱きしめれば、素直に抱き返してくる、腕の確かさ。
 頬に触れた冷たい髪にくちづけ。
 抱きしめた体の鼓動の速さ。
 愛しい人が今、腕の中にいる。
「愛してる」
 彼はただ照れ臭げにこくり、肯くだけで。
 それでも男には腕の中の恋人が微笑っているのが、わかる。
 うれしそうに。
 幸せそうに。
 つい、指で彼の顎を持ち上げ。
 唇と唇が、触れる。
 そっと。
 誓いの、ように。
「Frohe wiehnachten!」
 あなたが存在してくれたこの世界に。
 あなたが見つめてくれた事に。
 すべてに。
 感謝を。
 
 メリークリスマス。




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